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山口地方裁判所 昭和36年(ヨ)19号 判決

申請人 山内修

被申請人 合成化学産業労働組合連合宇部曹達労働組合

主文

申請人の申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

申請人は「被申請人が申請人に対し、昭和三五年一二月二三日付通知書を以てした労働組合員権利停止処分は本案判決確定に至るまでその効力を停止する。」との裁判を求め、被申請人は主文同旨の裁判を求めた。

第二、申請の理由

(被保全権利)

一、申請人は被申請人労働組合の組合員であり、日本共産党員であり、本件権利停止処分当時は組合代議員であつた。

二、被申請人は申請人に対し、昭和三五年一二月二三日付通知書を以て、申請人の左記行為を理由に、申請人の組合員たる権利を三年間停止する旨の処分をした。

(1) 申請人が同年一〇月二三日定期組合員大会開催に際し、同大会会場宇部市東区明治町見初映画劇場前路上において「選挙に臨む基本的態度に関する緊急動議」と題するプリントを来会する組合員に配布したこと

(2) 申請人が同年一〇月三〇日日本共産党公認衆議院議員候補者原田長司推薦はがきを配布したこと

(3) 申請人が同年一〇月一四日宇部市沖宇部五二五三番地宇部曹達株式会社自転車置場前路上において、同候補者後援会結成大会の案内ビラを配布したこと

三、しかしながら、右権利停止処分は次の理由により無効である。

(一) 申請人の前記(1)ないし(3)の行為は、何れも国民の基本権として憲法の保障する集会、結社、表現、思想等の自由に基づく政治活動並びに政党支持の自由に拠るものであつて、原則として何人もこれを制圧することは許されない。すなわち、前記(1)は申請人が組合定期大会に際し、組合の機関が特定政党、特定候補者の支持を決定してこれを組合員大衆に強制することをやめ、政治活動と政党並びに候補者支持の自由を保障すべきであるとの緊急動議案をプリントした文書を、来会する組合員に対し、大会会場前路上で配布したものであつて国民として労働組合員として何らとがめらるべき行為ではない。また、前記(2)は共産党員たる申請人が同党公認衆議院議員候補者原田長司の推薦はがきを組合員その他の友人知己に郵送配付したのであつて、党員たる原告の当然の義務でありかつ権利であり自由である。たとい、組合が特定政党、特定候補の支持を決定していたとしても、組合員がこれに反する政治活動を禁止されるわけはない。若し労働組合が特定政党、特定候補者の支持を決定してこれを組合員に強制し、これに従わない政治活動をした者を処分するにおいては労働組合の決定が憲法の上位に位することとなりその非合理は明らかである。前記(3)は右(2)と同様に党員として当然の政治活動をしたまでであつて、組合においてこれを制圧しまたはこれを理由に処分することは許されない。

(二) 労働組合が大衆団体として統一と団結を必要とすることはいうまでもないが、そのことと統制に名をかりて組合員大衆の思想、信条、表現、政治活動、政党支持の自由を奪い去ることとは別問題である。後者の方法によつてむりやり組合の統一を計つてみても真の統一と団結を達成できるものではない。組合員大衆によつて主義主張、政策、政党支持の問題が自由に討論されおのずから帰一することによつてこそ、真の統一と団結が達成できるのである。若し予め特定政党、特定候補者の支持を機関決定してそれを組合員大衆に押しつけ、それに従わない者を処分するというのであれば最早や労働組合ではない。労働組合たるものが民主主義的権利を護ることについて最も主要な任務をもつていることに鑑み、組合内部の統制規程は真の統一と団結の発展を阻害しないよう可及的寛かに、かつ処罰規程は厳重に限定的に解釈運用せらるべきである。

被申請人は本件処分は賞罰規程第五条第五号、第六条第二号等に準拠した旨主張するが、同規程第五条第五号にいわゆる「組合長の許可を得ず掲示または文書の配布をした者」との規定は右趣旨に従い厳重に限定的に解釈されなければならない。すなわち、会社または工場の構外或いは組合大会会場外における掲示または文書配布の行為は、組合長の許可を得なくとも処罰対象にならないと解するを正当とする。それを構内外を問わず組合員の一切の掲示、配布の行為を規制する意味に拡張解釈することは許されない。しかして、本件処分の対象となつている申請人の行為は会社構外または大会会場外において行われたものであり、殊に前記(2)(3)の行為は組合員のみに対しなされたのでないから、右規程に違反するところはない。仮に申請人の行為が戒告処分の規定たる同条第五号に触れるとしても権利停止処分の準拠規定たる同規程第六条列挙の各号の何れにも該当しない。

(保全の必要性)

申請人は本件制裁処分が存在する以上、このままでは労働者として、労働組合員として一切の組合活動ないしは労働運動を封殺され、ひいては日本共産党員として党活動にも重大な支障を来し、その痛苦と損失は償うべからざるものがある。よつて、申請人は被申請人に対し本件権利停止処分無効確認の訴を提起したが、その結論を待つまでには相当の日時を要するので本案確定に至るまで本件制裁処分の効力を停止する旨の裁判を求める。

第三、被申請人の答弁

一、申請人が被申請人組合の組合員であり日本共産党員であり本件権利停止処分当時代議員であつたこと、及び申請人主張の日時に申請人を権利停止三年の処分に付したことはこれを認める。

二、右処分の理由は次のとおりであつて、該処分を無効とする理由はない。

(一)  被申請人組合の行う制裁には戒告、権利停止、辞任勧告、脱退勧告、除名の五種類があり、その根拠となる規約規程は別紙のとおりである。

(二)  ところが、申請人は次の行為を行つた。

(1) 申請人は昭和三五年一〇月二三日被申請人組合員大会会場前で、申請人主張の緊急動議用プリントを、組合長の許可を得ずかつ大会議長にはかることなく来会する組合員に配布した。

(2) 被申請人組合では数年前よりその運動方針において、日本社会党支持を決定し、山口県第一選挙区については同党所属の細迫兼光候補を支持していたところ、申請人は同年一〇月三〇日同年一一月二〇日施行の衆議院議員選挙にあたり日本共産党公認候補者原田長司を推薦する旨のはがきに「○○さん自民、民社が労働者の敵であることははつきりしています。社会党は労働者の立場に立つていますが独占資本から選挙資金として一五〇〇万円もらつています。又曹達の組合長であり社会党宇部支部長である人はポリと野球をやり酒をのむというような非労働者階級的なことを公然とやつています。社会党は共産党が強くならないとよろめき動揺する政党です。ですから労働者の真の代表は社会党ではなく共産党です。来る二〇日の選挙には是非原田長司をよろしくお願いします。(松山通六丁目)山内修」と加筆して郵送した。

(3) 申請人は同年一〇月一四日宇部曹達株式会社自転車置場前で、右原田長司後援会結成大会案内ビラを、朝の出勤時組合員に、組合長の許可なく配布し、かつ右事実につき調査委員会で事情をきかれるやビラ配布の事実はない旨虚偽の陳述をした。

(三)  そのうえ申請人は

(1) 同三〇年六月一五日付被申請人青年部機関紙「はばたき」に、当時被申請人組合の執行委員でありながら「代休は指定するな、希望の日にとらせろ」と題する論文を発表し、当時の執行委員会の決定である「代休は休むべきである。人が足らない或は賃金が低いということはそれぞれ別の問題として解決すべきである。まちがつた考えが職場にある場合正しい方向に教宣すべきである。」との方針に違反し、代休を金にかえることも一つの方向である旨主張した。

(2) 同二九年の年末闘争に際し、職場で非専従の執行委員が会社から金をもらつているとのデマがあつたとき、当時執行委員であり統制部長であつた申請人が火のないところに煙はたたない旨言明したため、デマはさらにひろがつた。

(3) また同闘争に際し、同年一一月二八日当時執行委員会では闘争が重要段階に来ているので執行委員の行先は正副委員長に告げておくべき旨確認されていた。たまたま団体交渉の後で代議員会にかけなければならないことがあり手分けしてさがしたが二時間余り申請人の所在がわからなかつた。

等の問題を起こし、同三〇年七月頃調査委員会が設置され事実調査のうえ処罰すべきであるとの結論が出たが、申請人が一身上の都合で執行委員を辞任するというので同人の将来を勘案しかつ同人の自重を期待して不問に付されたことがあつた。

(四)  そこで、被申請人は規約の定める手続に従い、申請人の前記二の(二)記載の行為中(1)のプリント配布の点については規約一五条三号統制規程三条五号賞罰規程五条五号六条二、四号に、(2)の推薦はがきに加筆して配布した点については規約一五条二、三、四号統制規程三条一、五、七号賞罰規程五条三、五号六条二、四、八号に、(3)の案内ビラ配布の点については規約一五条二、三号統制規程三条一、五号賞罰規程五条三、五号六条二、四号に、(3)の虚偽陳述をした点については規約一五条二号統制規程三条一号賞罰規程六条七号に、それぞれ違反するものとし、さらに、前記(三)記載の経緯も考慮して権利停止三年の処分に付したものである。従つて、右制裁処分に無効理由は全くない。

三、前記プリントまたはビラの配布及び選挙用はがきの送付行為が憲法二一条一九条等により国民に保障された権利であつて何人もこれを制圧することは許されないとの点は争う。仮にそれが憲法上保障された権利であるとしても、これは国民が国家権力によつて右権利を侵害されない旨の保障であつて、労働組合と組合員の内部関係において、組合員が所属組合に対して当然に右権利を無制限に保障されなければならないという趣旨ではない。

また労働組合が統一と団結のため賞罰規程等を設け統制をとることは極めて当然のことであつて、ただその統制上の規程が公序良俗に反するところがあるかどうかによつて、その規程の有効無効を論ずべきであるにすぎない。

四、賞罰規程五条五号の解釈上、文書の配布が被申請人組合と全く無関係なことであれば規制の対象とならないことはもちろんであるが、配布の対象、場所、文書の内容等を勘案して社会通念上規制の対象となるものを限定することができるから、右規定をもつて公序良俗に反し無効とは到底認め難い。

しかして、申請人の前記二の(二)の(1)(3)の行為のうち、文書配布の対象はいずれも組合員を対象としていた。申請人は右(3)の文書については組合員のみを対象としていない旨主張するが、配布の場所、配布時間、文書の内容を考え合せれば組合員外に配布する可能性が絶無とはいえないにしても、申請人は明らかに組合員を意識的に対象としていたことがうかがえる。右(2)のはがきについてもその記載内容からして主として組合員を対象としていたであろうことは容易に想像されるばかりでなく、その内容自体極めて悪意にみち申請人組合の名誉を毀損し組合内部の秩序を乱すおそれのあるものである。

五、なお、本件権利停止処分は組合の処分であつて、申請人の使用者たる会社に対する就労、賃金等の労働条件については処分前と全く変らず、かつ一市民、一党員として有する政治活動や政党活動については何らの規制をうけていない。ただ申請人は右処分当時代議員であつたので組合の代議員としての活動が一時停止されまた一組合員としての権利行使が一時停止されたとしても、いまだ仮処分によつて保全さるべき必要性を有しない。

以上の理由により、本件制裁処分は正当であり、申請人の本件申請は全く理由がない。

第四、被申請人の主張に対する申請人の認否及び反ぱく

一、申請人が組合員大会会場前で緊急動議用プリントを組合員に配布したこと、及び右配布につき大会議長にはからずまた組合長に通報せず従つて許可を得ないでしたこと、選挙用はがきに申請人主張のような内容を加筆して組合員にも郵送したこと、会社の自転車置場前で被申請人主張の案内ビラを配布したこと及び組合長に予め通報せずまたその許可を得ないでしたことはいずれも認める。大会に緊急動議を提案する場合予めその旨議長に通報しておく慣行があることは否認する。以上各文書の配布枚数はいずれも不明である。

二、右案内ビラ配布の事実について申請人が調査委員会で虚偽の陳述をしたとの主張事実はこれを否認する。右委員会において調査委員の「自転車置場でビラを配布したことはないか」との質問に対し、申請人が「自転車置場で配布した事実はない。自転車置場前路上で配布したことはある。」と答えたのを事実否認の虚偽陳述であると主張しているにすぎない。自転車置場は会社構内に属するので申請人は慎重に考慮して自転車置場では配布しないで一般人の通行する自転車置場前路上において配布したものである。

三、被申請人は申請人の同二九年三〇年頃の行為を掲げて本件処分の情状として考慮した旨主張しているが、当時の申請人の行為については既に当時の代議員会で処分に値しないとの決定(不問に付されたのでなく処分しないことの決定)を見ているのであつて、今更本件処分の情状として援用することはできない。

第五、疎明〈省略〉

理由

申請人が日本共産党員であり、被申請人組合の組合員であり、かつ後記権利停止処分当時組合代議員であつたこと、及び被申請人より申請人に対し昭和三五年一二月二三日付書面を以て、申請人が組合員として有する権利を三年間停止する旨の制裁処分をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

よつて、被申請人が主張する右制裁処分の理由の当否について順次判断する。なお、以下に掲げる書証は全部成立に争いないものである。

一、定期組合大会緊急動議プリント配布の点について

申請人が同年一〇月二三日定期組合員大会会場である宇部市東区明治町見初映画劇場前路上において、選挙に臨む基本的態度に関する緊急動議と題するプリントを、来会する組合員に対し、組合長に予めその内容を通報せずまたその許可を得ないで配布したことは当事者間に争いがない。しかして、証人久茂人の証言によると、申請人は同日午前七時半頃から大会の開会された午前八時までの間、右劇場通路入口に置かれた大会受付より約三米離れた道路上で、来会する多数の組合員に右プリントを配布したこと、及びその間右久茂人において無届配布を注意したところ、申請人は会場外での配布は規約や規程に違反しないといつて配布を続けたことを一応認めることができる。

被申請人は申請人の右行為は組合規約一五条三号統制規程三条五号賞罰規程五条五号六条二、四号に該当する旨主張し、申請人は右規定により組合長の許可を必要とする文書の配布は会社または工場の構内とか組合大会会場内におけるものに限られる旨主張する。よつて、先ず右規程の解釈について考えてみる。

(統制規程三条五号賞罰規程五条五号の解釈)

乙第一号証の一の規約一五条三号によれば「組合員が統制規程に違反したときは別に定める賞罰規程により制裁をうける」旨定められ、一方乙第一号証の二の統制規程三条五号によると「組合員は日常統制として、掲示または文書の配布は予めその内容を組合長に通報することを厳守しなければならない」旨定められ、乙第一号証の三の賞罰規程五条五号によれば「組合員が組合長の許可を得ず掲示または文書の配布したときは戒告とする」旨規定されていることがわかる。右統制規程の要求する内容の通報が単なる通報をもつて足るのか或いは組合長の許可まで要する趣旨かどうかは明らかでない。文理解釈上許可を得ることまで要求されていると見ることは困難である。従つて、組合員がその内容を予め通報したが組合長の許可のないまま文書を配布したような場合には、統制規程に違反したものとして賞罰規程により制裁を加え得るかどうかは疑問である。しかも、組合員のする一切の掲示または文書の配布について、その内容手段方法の如何を問わず組合長の許可を必要とし、これに違反した者にすべて制裁を課し得るとすることは甚だ問題であるから、右各規定は当該文書の内容、数量、配布の日時及び場所、配布の対象、配布方法等の諸事情を総合判断して一般に組合の団結、秩序維持に影響を及ぼすおそれありと見られる場合にのみ制裁を為し得る趣旨と解するのが相当である。本件の場合、申請人は配布したプリントの内容を予め組合長に届出せず従つてその許可を得ていないことは当事者間に争いがないから、予め通報することを怠つた点では少くとも賞罰規程五条五号に一応該当するといわなければならない。次に、配布の場所的規制について考えてみるのに、会社施設の構内や組合大会会場内での文書配布が右規程の規制をうけることは申請人も一応認めて異論ないところであるが、それ以外の場所における配布行為が規制の対象となるかどうかについては、従来組合機関で明確な決定をした事例はなく、本件制裁処分のため設けられた調査委員会及び代議員会において始めて組合に関係する内容のものを組合員を対象に配布するときは会社の構内構外を問わず右規定の適用をうける旨の解釈を決定したものであることは乙第六号証及び証人高島博の証言によりこれを認めることができる。もともと、右規程は組合の秩序を維持し組織を強固にすることを目的とするものであるから、組合の秩序維持に通常密接な影響があると認められる文書配布行為は必ずしも会社構内とか大会会場内におけるものに限らず統制の対象となるものと解すべきである。しかして、大会々場の近くで来会する多数の組合員を対象とし、或いは会社施設のすぐ傍で出勤または下番する多数の組合員を対象とする文書の配布は、組合とは全然別個の立場で一個人としてする場合は格別、組合員の立場で他の多数の組合員に対する働きかけとして為される場合は組合活動として組合の統制に密接な関連を有すると解するのが相当であるから少くとも組合長に予めその内容を通報することを要求されているといわなければならない。従つて、大会会場外或いは会社構外の行為であるということだけで当然右統制規定の適用がないとの申請人の主張は採用できない。まして前記プリントの配布は大会会場入口前に設けられた受付附近で参会する多数の組合員に対して為されたのであつて、実質的には会場内で配布するのと少しも変らないのであるから、この点に関する申請人の主張は強弁のきらいが少くない。

(政治活動たる文書配布行為は規制をうけないとの主張について)

申請人は右プリント配布行為は憲法の保障する政治活動並びに政党支持の自由に拠るものであるから組合の統制規定をもつてしても規制できない旨主張する。

甲第一号証の記載によれば、右プリントは、「被申請人組合が従来とつてきた社会党のみの支持を機関決定し組合員に義務づけ或いは社会党候補者の支持を決定してこれを組合員に強制したり組合の活動をこれに限定することは労働組合の根本的性格と任務に反する。従つて組合が特定政党特定候補者の支持を機関決定することをやめ、組合員が自己の政治的立場にしたがつて共産党、社会党の候補者をそれぞれ支持しそのために活動する自由を保証し援助する」等の運動方針をとるべきであるとの緊急動議とその提案理由とを内容とするものであり、その末尾に宇部曹達労働組合員山内修と記載されていることが認められる。また、乙第四号証と証人高島博の証言及び申請人本人尋問の結果によると、被申請人組合では運動方針として、数年来日本社会党支持を決定し衆議院議員の選挙に当つては同党所属細迫兼光候補の支持を決定して来たが、前記組合大会に際しても同様の運動方針案が執行部より提案されていたため、従来右運動方針に反対の態度をとつてきた極く小数派の一人である申請人が大会に右プリント記載の緊急動議を提出すべくその提案理由を書面にして予め組合員に配布したこと、及び右大会に申請人より右趣旨の動議が提案されたが賛成者なく否決され、執行部提案の運動方針が可決されたことを認めることができる。

しかして、憲法は国民各自に対し政治活動ないしは政党支持の自由を保障しているから、組合の決議決定を以てしても組合員の政治活動を一般的に禁止しまたは制限することができないことはいうまでもない。(この点につき被申請人は憲法は政治活動の自由を保障することなく、憲法一九条、二一条の保障は国家権力に対するものに過ぎない旨主張し、憲法上政治活動の自由を保障する旨の明文のないことは所論のとおりであるけれども、憲法が主権在民を宣言して民主主義を基本としていること、憲法一九条、二一条が思想及び良心の自由ないし集会、結社、表現の自由及び通信の秘密を保障していること、労働組合が労働者の経済的地位の向上を主たる目的として組織され、それからの脱退、除名が労働者の生存権にかかわりを持つ底の性格の団体であることに鑑みるとき労働組合においては政治活動の自由は最大限に尊重せられなければならないというべく、このことは学説、判例上異論をみないところであるから詳論を略する。)従つて、労働組合が運動方針として特定政党を支持しまたは国会議員の選挙などに特定政党に属する者を支持する旨組合大会で決議してみても、法律的には何ら組合員を拘束する力を有しないものである。右決議に従わなかつたとしてもそれだけで統制違反として組合員に制裁を課することは許されないわけである。さらに、組合員が組合大会において執行部の運動方針案に反対し異つた提案をすることは組合内部における言論の自由としても当然認められることである。それ故、申請人が前記大会において執行部の運動方針に対し口頭で反対の意見を述べ或いは反対の動議を提出して執行部の態度を批判することもまた当然許されるところである。組合内部における小数派に属する者に対しできる限り意見発表の機会を与え活溌な発言ないし批判の自由を保障することが却つて民主的な構成をとる労働組合の存続発展に役立つ所以であるからである。してみると、申請人が前記プリントを大会開会前組合員に配布した行為も、大会での発言の準備行為として、その手段方法が特に組合の統制を乱すおそれのない限り、大会での発言と同様に当然許されてよいのではなかろうか。ただかような緊急動議の提出や提案趣旨の書面の配布等は事前に大会議長若しくは執行部に通報することが大会の運営上望ましいばかりでなく、組合員のこのような意見の発表が文書の形でなされる場合には、それがたとい政治活動に関し言論の自由のわく内に属すると認められるようなものであるにしても、配布の仕方や配布の場所等の如何により組合の指導綱領に対する不当な批判として組合の統制を乱し組織を危くするような場合が起り得ないでもないから、組合の規約規程を以て事前に文書の内容の通報を義務づけることはやむ得ないところである。それ故、文書配布規制に関する前記統制規定が憲法に違反し無効であるとはいえない。申請人としては前記統制規程に従い右プリント配布を予め通報すべきであり、これを怠つた点で形式的には右規程に違反したと認められても仕方がない。けれども、組合執行部としても組合員に乙第四号証の一九六〇年度運動方針案を配布し、その中で従来通り日本社会党を支持協力し、日本共産党、日本民主社会党と一線を画しその介入を排除する旨強調しその理由を説明しているのであるから、申請人がこれに対する反論として甲第一号証のプリントを組合員に配布し大会に緊急動議を提出することを制限できない立場にあつた。即ち申請人から右プリント配布の届出があれば、民主的運営を建前とする組合としてはこれを当然承認せざるを得なかつたわけである。また、配布の方法も開会前大会受付附近の路上で自ら配布したのであつて、そのため格別組合の統制を乱すような事態を生じまたは生ずるおそれがあつたとも思われない。

(結論)

そうすると、申請人の右プリント配布行為は、組合長に予めその内容の通報を怠つた点で統制規程三条五号賞罰規程五条五号に形式的に違反するけれども、配布の目的、配布文書の内容からして申請人の申出があれば当然に許容されるべきものであり、かつまた、配布の時期、場所、方法の点において組合の組織を乱すおそれがあるとも認められないし、現実にそのような結果が生じたわけでもないから、これを実質的に見れば、大会における正当な発言と同一視すべきものであり、組合の指導綱領に対する不当な批判ないし宣伝行為でないから統制違反として制裁処分の対象とすることはできないといわなければならない。

二、共産党原田長司後援会結成大会案内ビラ配布の点について

申請人が同年一〇月一四日朝の出勤時に宇部曹達株式会社自転車置場前路上で日本共産党原田長司後援会結成大会案内ビラを配布したこと、並びに右配布につき組合長に通報したこともその許可をうけたこともないことは当事者間に争いがない。

被申請人は申請人の右配布行為は規約一五条二、三号統制規程三条一、五号賞罰規程五条三、五号六条二、四号に該当する旨主張する。よつて、先ず文書配布を規制する統制規程三条五号に違反するかどうかについて考えてみる。

(文書配布規程違反の有無)

証人堀井良祐の証言によれば、申請人が右ビラを配布した場所は宇部曹達株式会社ばかりでなく他の会社工場に勤務する人々も通行する公道であるが、その数は被申請人組合員が最も多く、右配布時には被申請人組合員が全体の通勤者の八〇パーセントを超える状況であつたこと、同所は従来被申請人組合においても文書配布の際利用していた場所であることをそれぞれ認めることができる。してみると、右場所はいわゆる会社構内ではないが会社専用自転車置場の入口附近で出退勤時多数の組合員が出入し通行する所であつて、申請人の右配布は組合員のみを目標としたのではないにしても主として組合員を対象としてしたと見られないでもないから、前記一のプリント配布行為について述べたと同様の理由で一応統制規程三条五号により予めその内容を組合長に通報することを要求されるものということができる。

しかしながら、甲第二号証によれば、右ビラは、山口県南部地区原田後援会会長村上信名義の、日本共産党原田長司後援会結成大会並びに演説会を開催するから多衆参集されたいとの趣旨のものであることが認められ、また、証人伊藤潔の証言によれば、右場所でのビラの配布は日本共産党南部地区所属の党員たる同人及び申請人が道路をはさんでそれぞれ通行人に誰彼の区別なく配布したものであり、同所を配布場所として選んだのは共産党の性質上労働者の多い所を選んだまでであつて、同日は外に宇部興産株式会社前路上でも配布していることを認めることができる。右案内ビラの形式、内容及び配布方法を合わせ考えると、申請人の右ビラ配布行為は、申請人が日本共産党山口県南部地区所属の一党員として、近く行われる衆議院議員選挙に立候補を予定されていた同党所属の原田長司のため行つた後援会活動ないしは選挙活動にほかならず、一組合員としての立場で組合員に働きかけたものでないと認めることが相当である。それ故、申請人の右行為はいわゆる組合活動に属しないから、文書配布を規制する統制規程三条五号の適用をうけないのはもちろん、その他の統制違反として制裁に付することも許されない。

(規約または機関の決定違反の有無)

然るに、被申請人は申請人の右配付行為は、被申請人組合が先に機関決定した日本社会党を支持し国会議員候補者に細迫兼光を支持する旨の運動方針に違反すると主張する。しかしながら、かかる機関決定は法律的には組合員に対し拘束力を有しないし、また制裁処分をもつてかかる決定に従うことを組合員に強制することが許されないことは前段説示のとおりであるから、申請人が右方針に従わないで日本共産党所属の原田長司のため後援会活動ないしは選挙応援活動をしたとしても、組合機関の決議事項に違反したとして制裁処分を課することは許されない。この点に関する被申請人の主張は全く理由がない。

三、調査委員会での虚偽陳述の点について

乙第六号証の調査委員会報告書と証人堀井良祐の証言によると申請人の前記一、二その他の事実を調査するため同年一一月一八日評議員会の決議により調査委員会が設けられ、徳原浄司外四名が調査委員に選ばれたこと、調査委員会は同年一二月二〇日過頃までの間に七回位開かれたが、その何れかの日に、申請人は調査委員から同年一〇月一四日宇部曹達株式会社自転車置場附近でビラを配布したことはないかとの趣旨の質問に対し配布の事実はない旨供述し、前記二記載の案内ビラ配布の事実を否定したことを認めることができる。

申請人は自転車置場でビラを配つたことはないかと尋ねられたので会社の施設である自転車置場で配布したことはないという趣旨で配布の事実はないと答えた旨供述する。けれども、右堀井良祐の証言によれば、該自転車置場は普通の屋外に設けられているものと異り、五、六百台以上収容できる相当大きな建物に設けられていて出入口は二ケ所しかないことが認められるので、相当混雑の予想される出勤時に建物内で多数の者にビラを配布することは通常行われないことであるばかりでなく、もともと調査委員としては会社施設内の行為でなければ規制されないと考えていたわけでないから、ことさら自転車置場たる建物内で配布した事実の有無を問う必要はなかつたように思われる。従つて、調査委員としては自転車置場附近での配布の有無を尋ねたと見るのが相当でありこれに反する申請人の供述は信用できない。もつとも、調査委員中には同日自転車置場前路上で申請人から本件ビラの配布をうけた者もいるのであるから、事実調査を目的とする委員会としては今少し証拠にもとづいて具体的な質問を発して事実を明確にすべきであつた。一方かつて執行委員を歴任した申請人としては配布事実の有無を尋ねられているのであるから、自転車置場外の配布は統制規程に触れないと信じているのであれば、附近路上で配布した事実を進んで述べるのが当然であつて、申請人の言い分は単なる言い逃がれか或いはへりくつというほかなく男らしくない態度である。

そうすると、申請人は調査委員会で虚偽の陳述をした者として権利停止処分の条項である規約一五条二号賞罰規程六条七号に該当するといわなければならない。しかし、右ビラ配布行為自体は統制違反として制裁に付することはできないものであるし、調査委員会の質問の仕方にも不十分の点がないでもないから、右事項のみで直ちに権利停止処分に付し得るほど情状が重いとは認められない。

四、共産党原田長司候補推薦はがき送付の点について

申請人が同年一〇月三〇日同年一一月二〇日施行の衆議院議員総選挙に当り日本共産党原田長司候補の推薦はがきに被申請人主張のような文言を加筆して組合員に郵送したことは当事者間に争いがない。しかして、申請人は本人尋問において、右はがきを被申請人組合員を含む知人知己に郵送し、そのうち組合員に対し右と同趣旨のことを加筆して出したがその枚数は二部や三部ではないと述べながら、全体の概数を明にしないのでかなりの組合員に加筆して送付したと認められてもしかたがない。

申請人は右行為もまた日本共産党員たる申請人の当然の義務であり権利であつて政治活動の自由に属し組合の統制をうけないと主張する。申請人が一般に右候補者のため選挙用のはがきを郵送して選挙運動をすることは申請人の自由であり何人もこれを制止することができないことはいうまでもない。また、被申請人組合が既に同年一〇月二三日の定期組合員大会において運動方針として日本社会党を支持し右選挙に同党所属の細迫兼光候補の支持を決定していても、かような特定候補支持の決定は事実上の効果はともかく法律上組合員を拘束する力をもたないのであるから、申請人が右決定事項に従わないとして制裁を加えることが許されないことは前段説示のとおりである。さらに、組合員に対し法定の選挙用はがきを定められたとおり郵送して運動する以上、その手段方法が格別組合の組織を乱すおそれがあるとも考えられないから、統制規程三条五号により予め組合長に通報する義務を負わないと解する。故に、その手続を経ないことを理由に制裁処分をすることはできない。しかしながら、右はがきに加筆された文書中「曹達の組合長であり社会党宇部支部長である人はポリと野球をやり酒を飲むというような非労働者階級的なことを公然とやつています」とある部分(証人高島博の証言によれば、かつて太田総評議長や革新系議員が宇部市を訪づれた際警察官の護衛がついたことがあり、その警察官を交えて儀礼的に野球をしたことがあり、また右護衛打切の際儀礼として簡単な酒食を共にしたことはあるが、代議員会で全然問題にならないとされていることが認められ、申請人のいうような非難に値する行為であることの疏明は何もない。)は被申請人組合の組合長が非労働者階級的なことを公然と行つているとするものであつて、極めて悪意に満ちた中傷というほかない。かような中傷的文言を加筆した推薦はがきを組合員に郵送することは全体としてみても明らかに政治活動の自由または言論の自由のわくを超えたものといわざるを得ない。それは単なる選挙運動にとどまらず被申請人組合の秩序を乱し組織を危ふくするおそれある行為である。また、労働組合を階級的であるべきものとすれば組合長が非労働者階級的な行為をやつていると組合長を故なく中傷することはとりもなおさずかような組合長に指導される被申請人組合自体が極めて非労働者階級的組合であると誹謗することともなり、単に組合長個人を侮辱しその名誉を毀損するばかりでなく、被申請人組合の名誉を毀損し、ひいては、組合のため不利益な行動に及んだものと認められても止むを得ないといわなければならない。それ故、申請人の右行為は被申請人主張の規約一五条二号統制規程三条一号五号賞罰規程五条三号五号に違反するとなす点は失当であるが、規約一五条三号四号統制規程三条七号に該当し制裁の対象となることが明かであり、規約一五条四号統制規程三条七号の組合の名誉を毀損し若しくは組合の不利となる言動をしないとの規定に対応する賞罰規程の規定は明らかでないけれども、右のように組合の組織に影響を及ぼすおそれある名誉毀損若しくは組合に不利な言動をしたと認められる場合には、事柄の性質上権利停止処分の根拠条文たる賞罰規程六条八号のその他前各号に準ずる者に当ると解するのが相当である。

五、結論

以上のように、被申請人が本件制裁処分の理由として主張する事項中、定期大会緊急動議プリント及び原田長司後援会結成案内ビラ配布の点は制裁処分の対象とすることはできないが、調査委員会での虚偽陳述及び選挙用はがきに加筆して送付した点は、権利停止処分の根拠規定たる賞罰規程六条七号及び八号にそれぞれ該当し制裁処分の対象たり得るものである。してみると、被申請人が以上四つの事項を理由として申請人を権利停止三年に処したことは、制裁の対象とできない前記二つの文書配布行為を加えてした点で誤つているけれども、それ以外の二つの行為のみでも事の性質上権利停止処分に為し得るのであるから、右制裁処分を無効とすることはできない。ただ、制裁の対象たり得る両行為だけで権利停止の期間を三年とすることが相当であるかどうかの問題が残るわけである。この意味で期間三年の処分はやや重きに過ぎるのではないかとの感がないでもないが、一方証人高島博及び申請人本人の供述により認められるように、申請人は同二七年九月より約五年間組合の専従執行委員をし、その間教宣部長、組織部長、青年対策部長等の役職に就いていたこと、その間賞罰規定その他の規定の立案制定に参画した経歴を有しながら、その無効を主張して前記行為に及んだこと、事の是非はともかくとしても正規の手続に従わないで行動し、とかく執行部と無用の摩擦を起しがちであり、執行部からの話合にも容易に応じないような態度を示すことが多いこと等の諸事情を考え合せると、執行部が申請人の真摯な反省をうながすため従来の諸事例を参酌して決定した三年の期間が不当に重きに過ぎ、これを取消し又は軽減するのでなければ違法に申請人の権利を侵害する結果となるものとも解せられない。かようにして、右処分が申請人にとつて著しく不当であるとは認められない以上組合の自主的な決定を尊重すべきことは当然である。そうすると、申請人に対する権利停止三年の制裁処分は結局正当であり、申請人主張のようにこれを無効と認めることはできない。よつて、本件仮処分申請は被保全権利の疏明が十分でないから他の争点について判断するまでもなく失当としてこれを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 黒川四海 五十部一夫 石井恒)

(別紙)

被申請人組合規約規程拔萃

(一) 組合規約

第一五条(制裁) 組合員が次の行為をしたときは別に定める賞罰規程により制裁をうける。

一、組合費の納入を怠つたとき

二、規約規程に違反し諸機関の決議に従わなかつたとき

三、統制規程に違反したとき

四、組合の名誉を汚したとき

五、故意に組合へ損害を与えたとき

(二) 統制規程

第三条 日常統制は日常行われる統制であつて、組合員は左の事項を厳守しなければならない。

一、規約または、組合の機関が決定した事項を守ること

二、組合と会社との間に事故が発生すると判断したときまたは発生したことを知つたときは、速かに組合長に通報すること

三、組合の機密に属する事項を組合員外に通報または漏洩しないこと

四、第二組合結成の企図または言動をしないこと

五、掲示または、文書の配布は、予めその内容を組合長に通報すること

六、組合長の招集する会合に出席できない者または、遅刻早退する者は予めその理由を組合長に届け出て了解を得ておくこと

七、その他組合の名誉を毀損し、若しくは組合の不利となるような言動をしないこと

(三) 賞罰規程

第五条 組合員は左の各号に該当するときは戒告とする。

一、各級機関の会議に無届欠席五回に及んだ者

二、組合員の任務を果さないことにより、組合に損害をおよぼした者

三、規約または機関の決定に違反した者

四、組合の機密に属することを組合員外に通報または漏洩した者

五、組合長の許可を得ず、掲示または文書の配布をした者

六、非常統制のしかれているとき、非組合員である従業員と業務外の話をした者

七、統制隊の指示に従わなかつた者

八、役員でその職権を乱用した者

九、その他前各号に準ずる者

第六条 組合員が左の各号に該当するときは、権利停止または辞職勧告とする。

一、各級機関の会議に五〇%以上無届欠席した者

二、前条各号の行為が二つ以上におよび、この条の該当が適当と認めた者

三、前条の戒告が二回におよび、この条の該当が適当と認めた者

四、前条第三号より第九号までの行為が重いと認められた者

五、第二組合結成の企図または煽動した者

六、重大な過失により組合に損害を与えた者

七、調査委員会で虚偽の陳述または、虚証をした者

八、その他前各号に準ずる者

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